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AWS, Content Delivery Network and Debian

学ぶ対象とするのはオープンであるほど、コンシューマ側の技術であるほどいい。

幸か不幸か「この技術でやることになったから、やれ」と言われて仕事をすることは昔からあったけれども、ずっと長いことイヤイヤ続けることはすくなかった。よほど理不尽なことでなければ、自分の考えをうまいこと修正してやり甲斐を見いだして仕事は続けられるものだった。

例えば、CentOSが「やれ」といわれたOSで、好きなのがDebianだったとする。これを読んでいる方は他にも自分なりにあてはめて考えるといいかもしれない。WindowsとSunとか、MacとNewsとか、qmailとpostfixとか、ATMとMPLSとか..なんでもいい。

小さな改善をみつける(RH系のkickstartは書き方がDebianのよりよっぽどわかりやすい)、自分が好きなものへのフィードバックを考える(kickstartから変換するものをつくってみる)、なるべく汎用的な手段をみつける(両方をwrapするオレオレフレームワークを作る)。。など自分でもいいろいろあった。

ここまで書いてきて、なんで今まで自分をだますことができたのかな。。と考えると、「個人的に試すことができる」ことが重要な事だった気がする。オープンソースなら言うことはないが、多少のお金で使うことのできるコンシューマ対象の(数万円で買えるガジェット、windowsやAWSのように)場合ならば、その知識をあとで使うこともできるし、より広い深い知識を持つ人と話をすることができる。そうやって正当化できる対象は多い。

大企業の中でしか使われない技術の重要性は確かに厳然として存在するが、「個人的に試せない汎用的でない技術」のために個人的な時間や情熱は注ぎ続けるためには十分な補償が必要だと思う。逆にいえば、十分な補償ができない技術では、会社は技術者を同じ金ではひきつけることはできないと思う。

小さな組織では、人をあつめるときには「何を学べるか」「それがどう役にたつのか」「それがいかに汎用的なのか」を示すためにも、もし内部でオープンソースやコンシューマ技術を使っているのならば公開したほうがいいと思う。逆に、そういうのがないならば、徹底的に隠したほうがいいかもしれない。

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