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個人的回想。ビックリマンチョコが大人のしかけたソーシャルゲーの原点だった。

カードバトル型ソーシャルゲームはビックリマンチョコのような食べものの廃棄問題がおこらないのがイイとふと思ってしまったので書いてみる。

まあいろんな意見があるのはわかるのだが、自分がガキンチョのころにはこういうオマケを買えるような家に育っていないこともあり、正直いってあまり関係のない世界だった。とはいえ友人たち、それも私の住んでいた町にもともと住んでいる旧住民といわれる土地持ち集団の息子どもは、ものすごくハマっている奴がいた。

そういう奴のハマりっぷりは、今となればほほえましいが、

  1. 近所の雑貨屋(コンビニの一歩手前か)である、「たかくま」などという店に行き、ビックリマンチョコ30個いりだか50個入りだかを買う
  2. 袋を友人どもであける
  3. あけた袋にあるいらないシールと、チョコは勝手に処分しろ(=食え)

というものであり、ソーシャル的に機能していた。その当時の大人たちは眉をひそめたからもしれないが、表だって文句を言うことはなかった。
それが崩壊したのは、たったひとつの事件からだった。それは、

封をあけて、シールだけ抜いて食べてない大量のビックリマンチョコが公園のゴミ箱に捨てられていた

ただこれだけだった。学校では問題にされ、当然そんなことをできる財力のあるガキは限られていたのであっというまにつきとめられた。

当時の小学生男子としては、コロコロにあおられ、ボンボンにつきうごかされて趣味でつながるソーシャルが驀進されていた。ビックリマンチョコのように、そのシステムの綻びから崩壊させられたものは高速に終了したが、結局全体としては栄枯盛衰の一環にすぎなかった。

今はどうだか知らないけれども、趣味でつながる、あるていどの金をつかうこと自体はそういう人もいるよねー、という程度で黙認されていた気がする。

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